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2007.06.24

ケータイ写真館〜2007/06/24

ケータイ写真館〜2007/06/24

ケータイ写真館〜2007/06/24

ケータイ写真館〜2007/06/24
アジサイ三昧

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備前堀界隈~水戸・街歩き

マイフォトに「備前堀界隈~水戸・街歩き」を追加しました。
水戸市内でも江戸時代から続く、下町情緒が残る数少ない地域です。
興味のある方は、右側のマイフォトの中からアクセスしてください。

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2007.06.18

その後の鹿島鉄道10

一応、今週末も少しだけ様子を見てきたので、そのあたりをちらほらと。
そろそろこのブログも、鹿島鉄道の廃線後の写真だけは、日本一多いサイトになったかも。

鉾田駅
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前回から一週間経ち、駅舎は完全に解体されていた。廃材の一部はまだ山積みになっているので、これから片づけられるのだろう。線路端の車止め側にあった廃材は無くなっていたので、県道側からホーム越しに留置車両を見ることができるようになっていた。交通公園の計画もあるから、おそらくホームと線路はこのままで、後は駅舎跡を整地し、鉾田駅についての作業は終了するものと予想。

玉造町駅
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レールの撤去は待避線側をのぞき、ほぼ完了。あとはホーム跡を整地中。まだ重機が残っているところを見ると、ここの作業はまだ続く模様。最終的にはレールも全撤去か?
駅舎が解体されてから、バス停の位置が旧駅前広場の奥側に移動したのだが、ここにある3つのバス停の名前が全部微妙に異なり、「玉造駅」「玉造駅前」「玉造町駅」となっている。一番正しいのは、関鉄バスの「玉造町駅」だが、いずれも関鉄系のバスなのにいかがなものかと。もしかしたら車内放送はまた違ってたりして。ちなみに時間待ちしていたバスは、バス停とは全然離れた場所に停まっていた。

その他、桃浦駅の様子も見てきたけど、特に変わっていなかったので写真は無し。でも、鉾田駅の解体がほぼ終わったからには、いつ解体作業が始まってもおかしくないからなぁ。

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2007.06.16

ケータイ写真館〜2007/06/16

ケータイ写真館〜2007/06/16

ケータイ写真館〜2007/06/16

ケータイ写真館〜2007/06/16
前川あやめ園にて

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2007.06.10

その後の鹿島鉄道9

扁桃腺が腫れ上がって点滴2本も打ったというのに、夕方、雨が上がってから鉾田方面に向かったりする俺。軽くダメ大人臭が漂ってる感じもするが気にしない。

鉾田駅
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朝日新聞の茨城版に、鉾田駅解体の記事も載っているように、いよいよ駅舎の本格的な解体が始まった。今日の時点では屋根瓦が全て降ろされ、待合室の部分が取り壊し済み。タクシー乗り場付近にあった自販機も撤去され、元のバス用(?)の発券所が見えるようになっていた。先日のイベントに見取り図もあったが、こうしてみると、確かにこの地域のターミナル駅だったことが想像できる。
ホーム側にまわると、取り壊し作業用の重機が2台停まっていた。待合室を解体した残骸は、まだ山積み状態。先日は残っていたひさしも全て取り壊されていた。また、トラックの影に隠れてよく見えなかった保線詰所も、まだ片づけされずに残骸が残されたままだった。
そうそう、なぜかホームの上に、漬物用の瓶が1つだけ置かれていたのが謎だ。

榎本駅
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駅舎はすでに解体済みだし、特に大きな変化は無かったが、百里基地用のパイプライン設備だったコンクリート製のスロープが解体されるらしく、作業上のプレハブ事務所が設置されていた。
また、ホームの奥にあった、自衛隊管理の施設と思われる事務所というか小屋が解体されていた。その他、残っていたパイプライン設備も解体中らしい。こちらの土地は、おそらく自衛隊の管理だろうから、鹿島鉄道とは別個に作業しているのだろう。

玉造町駅
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駅舎は解体済みで残骸も撤去済みだが、ホームの整地とレールの撤去作業は、まだ継続中のようだった。レールは待避線側が残っているが、これも最終的には撤去するのだろう。でもなぜ1本だけ後回しにしているのかが不明。常陸小川も1本だけ後回しになってたし、何か理由があるんだろうけど。

常陸小川駅
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まだ整地作業が終わっていないらしく、重機が2台停まっていた。盗難防止のためだろうが、ちょっと面白い止め方だったので、記念に一枚。
駅前広場からホーム、線路に渡っての段差はほぼ無くなっていたが、そもそも構造的に高低差があるもんだから、駅舎のあったあたりをてっぺんに、丘のような地形になっている。最終的にはこれも真っ平らにするんだろうか?

玉里駅
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石岡-常陸小川間の作業は後回しだろうと思って、ほとんどノーマークだったのだが、玉里駅の待合室が撤去されたという情報があったので様子を見てきた。上り線のホームにあった待合室が、土台を残して無くなっていた。下り線側はそのままの状態。撤去された待合室は、どこかへ搬出されたらしいが、搬出先は分からない。個人で購入したのかもしれないので、行き先は分かるまでそのままにしておこう。

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2007.06.08

その後の鹿島鉄道8

鉾田駅の解体が6日頃から始まると言うことで、昨日、定時退勤して様子を見てきた。この時期なら、ギリギリ撮影可能な時間にたどり着けるんで。本当は今日も行って、2日分まとめてアップするつもりだったが、さすがに今日は定時退勤とは行かなかった。とは言え、ヒマだね俺も。

鉾田駅
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正面から見た感じでは、今までとあまり変わらない。違うところと言ったら、照明入りの駅の看板と、屋根の鬼瓦が外されたことくらいか。これらは保存されるらしい。待合室をのぞいたら、ガラス戸やポスター等も外されガランとしていた。

ホーム側にまわると、様子は一変していた。まず構内入口にあった保線小屋(?)は解体済み。残骸を搬出中だった。ホームの上には、かしてつ応援団のシートが張ってあったアングル材が解体され、積まれていた。他にも花壇のプランターやら消火器やら、軒先に使っていたトタン板の残骸とか。ホーム越しに見ると、駅舎内はすでに片づけられ、中は空っぽらしい。ホーム渡り線の上には重機が置かれていた。

留置車両は先日のイベントで少し移動したせいか、前の停車位置からすこしずれていた。でも今の位置の方が、撮影するときにはうまく収まってるかも。

次は週末にまた来るつもりだが、その時はもう駅舎は無いんだろうな。

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2007.06.03

その後の鹿島鉄道7

ネバーギブアップかしてつ主催による、鉾田駅の解体前の最後のイベントが開催されるということで、高校時代の後輩と参加してきた。内容の詳細はネバーギブアップかしてつのHPを見てもらうとして、メインイベントは2ヶ月ぶりに留置車両のエンジンに火が入ることだろう。機械は定期的に動かさないとダメになっちゃうからね。その後、また沿線の様子を見てきたので、そのあたりもちらほらと。

鉾田駅
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昼過ぎくらいに鉾田駅に着いた時は、会場はそれなりの人出で賑わっていた。会場のお客さんはざっと見て40~50人ほど、家族連れと鉄分多めの人が半々くらいに見えた。ホームには久しぶりにHR-505とキハ601が入線しており、エンジンも回しっぱなしの状態。久しぶりにガラガラという音を聞いた。キハ431も一時、ホームに入線していたらしいが、俺たちが着いた時には側線の定位置に戻っていた。あと手動で給油したのか、ホームに給油ポンプが置いてあった。
待合室や改札付近は特産品売り場となり、車止め付近ではバンドの方々が準備をしていた。また、改札付近の壁に鉾田駅の見取図と交通公園の計画図が、事務所入口付近に寄せ書きあった。ちなみに、寄せ書きのところにク○トロ大尉のセリフを書いたのは俺です。
イベントの内容的にずっと駅に居るのもキビシイので、別会場で行われている写真展の方へ。いくつか知っている方の名前もあったりしたが、懐かしい写真が色々展示されていた。俺も写真の整理をしないとな。

榎本駅
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前回来た時にイヤーな予感がしていたが予感は的中、駅舎は跡形も無くなっていた。わずかに残された残骸の中の時刻表を見ると、よりいっそう寂しさを感じる。
ここで写真を撮っている時、線路の上をトラックが走ってきた。よく見たら、それは除草剤の散布作業をしているところだった。めったに見られないものだったのでラッキーだったかも。しかも、車のナンバーが714だったのが、運命を感じずにはいられない。そういえば、キハ714は今はいずこの空の下やら。

玉造町駅
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先週の段階でかなり解体されていたので、今日はもう何も無いだろうと思っていたら、やっぱり真っさらになっていた。今日は土曜日だったこともあってか、線路の撤去作業が行われていた。常陸小川と異なり、本線側からレールが外されていたが、この様子なら来週にはホーム跡も含めて、文字通り真っ平らになっていそうだ。

桃浦駅
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榎本駅が解体済みだったので、残りの駅で駅舎があるところも鉾田と桃浦と石岡南台くらい。そうなると、次は桃浦かと思って様子を見に行った。すると、先週はあったはずの看板が外されていた。榎本の時からして、これはもう解体するためのリーチ棒を出されたようなもの。たぶん、来週末までには解体されると予想。改札越しに見る霞ヶ浦も今日が最後か。
と、駅で写真を撮っていると、榎本駅で見かけた除草剤散布車が、石岡側から現れたのにはビックリ。榎本駅から玉造町駅へ向かうとき、しっかり抜いていくのを見たはずなのに。どこで抜かれたのか、まったく覚えがない。

小川南病院
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こちらも久しぶりに来てみたが、特に変わった様子もなし。車両の周りを歩いていると、機械油の臭いがして、今にも走り出しそうである。

常陸小川駅
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駅舎はすでに解体済みであり、前回来た時には本線のレールを残すのみとなっていたが、今日見たら残りのレールも外され、しかも整地作業中だった。駅前広場と線路の間には高低差があるので、これを平らにしているようだ。この作業が終われば、常陸小川駅の解体作業は完了なのだろう。2ヶ月前と変わらないのは、駅の構内にあった桜の木だけになってしまった。
それから初めて気が付いたのだが、代替バス用の駐車スペースの車止めが、外されたPC枕木だった。せめてもの駅の名残というところか。

石岡駅
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キハ602の解体も完了し、留置用に残っていたレールも外されていた。跨線橋脇にあったカゴの残骸は、キハ602の床板と運転席のようだった。これで残りは事務所建物と跨線橋部のホームのみ。
また、今まで気付かなかったが、事務所横の車庫の中にキハ602から外されたと思われるエンジンと、車庫の裏に石岡南台駅の看板を確認することができた。

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2007.06.01

ジェダイの騎士

Vs_1
彼ならシスの暗黒卿に勝てるかもしれない

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